8人衆の
ミャンマー

ケナフ紀行
2001
Page-2

【あこがれの地ヤンゴンに立つ】
 2001年7月18日、成田を飛び立ったケナフ視察団の一行はバンコク経由で当日の午後7時、あこがれの地ミャンマー連邦の首都ヤンゴンに到着しました。日本との時差は2時間半。この時期ミャンマーは雨期にあたり、やや蒸し暑い空気と小雨が皆を包みます。通訳の方と落ち合いタクシーでホテルへ向かう途中目に入ってくる異国の地は、日本と違い人工的な光が少ないが故にかえって新鮮な美しさを感じさせてくれます。
 翌日19日はヤンゴンの市内観光です。東南アジアというとどうしても政情の不安定からくる治安の悪さを心配してしまうのですが、一行は先ず拍子抜けするほどの治安の良さにびっくりすることになりました。とてもフレンドリーな国民性もあいまって、一説には世界一治安の良い国とも言われているくらいです。
 ここは年輩の方にとってラングーンという都市名でおなじみですが、1989年以降はヤンゴンと呼ばれるようになりました。ヤンゴンは「戦いの終わり」という意味で、人口250万人の大都市です。仏教国らしく荘厳なパゴダ(お寺ですね)が至る所にあり、市民が次々と訪れお祈りを捧げていきます。ミャンマーの人は一生のうち2回は僧侶になり修行を積むのだそうで、誠実なミャンマー人の精神文化の根元に仏教の存在が深く関わっていることは間違いありません。
 人々は老若男女を問わず、ほとんどの人がロンヂーという伝統的な腰巻きを身につけています。ここの風土にあったとてもすてきなファッションで、当視察団のなかにも堀内さんのように即買い求めたメンバーがいたかと思えば、勝井先生のように常時身につけ完全にミャンマー人と同化してしまった人もいました。
ボイタタウンパゴダ。歴史のあるパゴダのひとつです。 市民の移動手段は御覧のようなバス。
ロンヂーをまとう勝井先生。赤い機械はホテルの電力をまかなっている発電器。 ホテルの窓からヤンゴンの町を見る。 ここにも現地化してしまった人が一人。内村さんが食べているのはカエルの足。

 視察団一行は市内の主だったパゴダを参拝するなどするうちに早くも現地化していき、夜は買い込んだ現地のウイスキーなどを酌み交わしながら、親睦と情報交換(ということになっている)が延々と続きました。この時点では、明日から始まる苦行の日々を予期していたのは経験者の勝井先生だけです。こうして第2日目の熱帯の夜が平和のうちに過ぎ去っていきました。
 翌20日、9時半に農業灌漑省を訪問し簡単な説明を聞いた後、いよいよ目指すサン・ピャチァン・カゥン村へ出発です。

【北へ 北へ 北へ】
 一行の足となっているタクシーは中古のトヨタハイラックスの改造車。走行距離なんと120万Km(!)を超えるこの車は、それ自体が大変な土産話になるシロモノです。後部荷台にほろを付け左右向かい合わせにベンチ状の長イスをくくりつけたその勇姿は、乗る者に大きな不安を抱かせる一方で冒険を前にしたワクワクする高揚感を抱かせるに十分です。この車に11人が乗り込み350km先の村に向けて国道2号線をただひたすら北上を続けました。ここでは交通ルールはあってなきがごとしで、進路に人がいようともクラクションを鳴らしながらどの車も強引に突き進みます。実際、自動車の数に比べ事故は多いようです。
 路面状況が良いとはお世辞にも言えない国道を前述の素晴らしい車に定員オーバー(2倍)で詰め込まれた11人が目的地の村に到着するまでかかった時間はなんと9時間。おしりの痛さに脂汗をにじませながらもその間、それぞれのメンバーは苦行と歓喜の交錯するなかで経験したことのない充実感に満たされていきました。果てしなく続く田園風景や時々通過する町や村々の風景は見る者を飽きさせません。皆、ほろをめくっては写真をとったり目に入った風景を題材に通訳の方に説明を求めたりと大はしゃぎです。もっとも前夜の情報交換会の疲れからでしょうか、ぐったりとただひたすら瞑想に耽っている方もいたようです。
 途中3回の休憩をとり、いつ終わるともしれない護送状態から解放されて目的地の村に到着した時、時計の針は午後7時を指していました。
 マグウエイ管区シン・パウンウェ郡サン・ピャチァン・カゥン村、ヤンゴンの北350Kmのこの村には通訳のウィ・ミンさんのおじさんがおり、この夜はそのお宅に泊めていただく手はずになってるのです。
農業灌漑省訪問。
タクシーの後部席(荷台)はこんなぐあい。
途中の町。国道とはいえ舗装は中央部のみ。 馬車もけっこう活躍しています。 橋!幹線道路にしては、ちょっと不安な造りです。
国道沿いにある、いわばドライブイン。 ドライブインのメニュー。ラーメン。 地方はこれも住民の足。バスです。

Page-1 / 【始めに】 【参加メンバー】 【行動日程】【通貨と物価】
Page-2 / 【あこがれのヤンゴンに立つ】 【北へ 北へ 北へ】
Page-3 / 【村の朝】【ミャンマーのケナフ栽培とその利用】【子どもたちとの交流】【そして来年へ】【あとがき】

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NAGANOケナフの会通信16号「8人衆のミャンマーケナフ紀行・番外編」