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でも少し目をずらすと肌が見える程破れたシャツ姿で働く人がチラホラ見られ、物乞いの老人や子ども、大切にされているとされる僧侶までが汚れたころもの下から手を出して通りに立っていました。 チャーターバス(中古日本車)で国道2号線をヤンゴンの北400キロにあるサン・ピャンチャン・カウン村に向け13時間のドライブの出発です。 村には電気が無いので陽が落ちたら村中真っ暗闇になるという。何としても明るいうちに村へ入らなければならない。 サン・ピャンチャン・カウン村の朝、管轄寺院へ訪村の挨拶を済ませ、きらびやかに飾った牛車を連ねて学校へ。到着後校長室で教職員、村民達の歓迎セレモニーを受けた後、日本中から寄せられた文房具を届けに小学校から高校まで800名の生徒が待つ各教室へ向かった。 教室へ入ると皆濃緑のロンジー(ミャンマーの腰巻風民族衣装)に白のブラウスの制服姿で起立し、胸に両手を合わせ声を揃えて歓迎の挨拶で迎えてくれました。1人ひとりに文具を手渡し終えて教室を出る時も同様に両手を合わせて「ありがとう」の挨拶をする礼儀正しさに感激でした。広い敷地に点在する椰子の葉葺きの高床式校舎は傷みがひどく、降雨時には非難しなけらばならないと聞き、見かねた一行で小遣いを出し合い補修費を置いてきました。 校長先生の「今まで支援は途中で止まり、この村へ届いたことが一度もありません。皆さんのように直接支援に来てくださることは大変ありがたいです。今回で終らず来年も再来年も来てください。」の声を背に村を後にしました。 |
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